
インド有数のビジネス都市、グルガオン。日々の業務やローカルスタッフのマネジメントに追われる中、仕事終わりの息抜きとして日本食レストランやカラオケ店に立ち寄る方は多いのではないでしょうか。
そんな夜の街で明るく接客してくれるスタッフには、実は私たち日本人に顔立ちがよく似た「北東インド」出身の若者が少なくありません。
ある夜、カラオケ店でナガランド州出身の女の子と、お互いの故郷の食べ物について話していたときのことです。
「やっぱりインドにいると、毎日カレー食べてるの?」
そんな軽い気持ちで尋ねた私に、彼女はあっけらかんとこう答えたのです。
「ううん。私の地元では、犬を食べるよ。あと、納豆もね」
……えっ? インドで納豆!? いや、その前に犬!?
「スパイスとベジタリアンの国」というインドのイメージを根底から覆す、あまりにも衝撃的な発言。からかわれているのかと思いきや、彼女の表情はいたって真剣でした。
果たして、彼女が語った「ナガランドでは犬や納豆を食べる」という話は本当なのでしょうか?
この記事では、私がインド滞在中に最も衝撃を受けた、北東インド・ナガランド州の「ヤバすぎる食文化」について紹介します。
カレーだけじゃない、知られざるインドのディープで奥深い世界へご案内します!
本当に「犬」を食べるのか?
「犬を食べる」と聞いて、思わず顔をしかめてしまった方もいるかもしれません。愛犬家の方にとっては非常にショッキングな話ですよね。
私も最初は「冗談だろう」と思ったのですが、気になって調べてみたところ……
結論から言うと、「ナガランド州で犬肉を食べる文化がある」というのは事実でした。
伝統食としての「犬肉」
北東インドに位置するナガランド州には、「ナガ族」と呼ばれる多くの先住民族が暮らしています。彼らにとって犬肉は、古くから貴重なタンパク源であり、栄養価が高く薬効がある(風邪が治るなど)と信じられてきた伝統的な食材なのです。
決して「食べるものがないから」や「ゲテモノ好きだから」という理由ではなく、彼らの食文化やコミュニティのおもてなしに深く根付いた、れっきとした食習慣として存在しています。
インド国内での大論争と「販売禁止令」
しかし、この文化はインド国内でも非常にセンシティブな問題となっています。
「多様性の国」と言われるインドですが、主流を占めるヒンドゥー教徒の多くは菜食主義(ベジタリアン)であり、動物愛護の精神も強いお国柄です。そのため、他州のインド人や動物愛護団体からは「残酷だ」「野蛮だ」と強い批判を浴びる対象になっていました。
そしてついに、事態は法的な争いへと発展します。
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2020年:州政府による「禁止令」 動物愛護団体からの猛烈な抗議を受け、ナガランド州政府は犬肉の商業的な輸入や取引、販売の全面禁止を決定しました。
このニュースは当時、インド国内でも大きく報じられ、「これでナガランドの犬肉食文化は終わるのか」と思われました。しかし、物語には続きがありました。
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2023年:高等裁判所が「禁止令を違法」として撤回 禁止令から3年後の2023年6月。ナガランド州を管轄するガウハティ高等裁判所は、驚くべき判決を下します。なんと、州政府が出した販売禁止令を「法的根拠がない」として覆したのです。
裁判所は、「犬肉の消費はナガ族の間で古くから受け入れられてきた文化・食習慣である」と認めました。つまり、「一部の価値観で、先住民族のアイデンティティや食文化を否定することはできない」という判断が下されたわけです。
単なる「ゲテモノ」ではない深いテーマ
現在でも、法的には犬肉の取引が認められる状態に戻っていますが、若い世代での価値観の変化や、動物愛護団体との対立など、議論は今も続いています。
カラオケ嬢の「犬を食べるよ」という何気ない一言の裏には、実は「先住民族の伝統文化 vs 現代の動物愛護」という、インド社会が抱える非常にディープで複雑なテーマが隠されていたのでした。
さて、衝撃はこれだけでは終わりません。 彼女が言ったもう一つの信じられない食材、「納豆」。
実はナガランドには、私たち日本人にとってお馴染みのあの食材を食べる文化があるのです。
インドなのに「納豆」を食べる!?
犬肉の衝撃に続いて、カラオケ嬢の口から飛び出したもう一つの信じられない言葉。それが「納豆」です。
「いやいや、納豆は日本の伝統食でしょ。インドにあるわけがない」
そう思いますよね。私も最初は、彼女が日本の納豆をどこかで食べて気に入っただけだと思っていました。しかし、これも調べてみると、驚くべき事実が判明したのです。
なんと、ナガランド州には「アクニ(Akhuni)」と呼ばれる、大豆を発酵させた正真正銘の「納豆」が存在していました。
日本の納豆と「アクニ」の共通点
このアクニ、作り方も日本の伝統的な納豆とそっくりです。茹でた大豆を里芋やバナナの葉で包み、暖炉の近くなどで数日間発酵させて作られます。
気になるその特徴はというと……
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匂い: 日本の納豆よりもさらに強烈で、独特のツンとした発酵臭があります。
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粘り気: 日本の納豆ほど糸は引きませんが、大豆がネバネバとした質感に変化しています。
アジアの「納豆ベルト(伝統的に糸引き納豆を食べる文化圏)」という学説があるのですが、実はその西端がこの北東インドだと言われており、日本の納豆文化のルーツとも繋がっているのではないかという、非常にロマンのある食材なのです。
日本とは違う「食べ方」
ただし、日本のようにお醤油とネギを混ぜて、そのままアツアツのご飯にかける……という食べ方はしません。
ナガランドでは、このアクニを「調味料(旨味のベース)」として使います。一番人気のメニューは、アクニを豚肉や大量の唐辛子と一緒に煮込んだ「アクニ・ポーク」という料理。強烈な匂いとコク、そして辛味が一体となった、一度食べたら病みつきになるナガランドのソウルフードです。
「インドで納豆が愛されている」と思うと、なんだか急に親近感が湧いてきませんか?
まだまだある!ナガランドの驚愕グルメ3選
犬肉や納豆だけでもお腹いっぱいになりそうですが、ナガランドの食文化の奥深さはこれだけにとどまりません。さらに知的好奇心を刺激する、驚きのグルメを3つ厳選してご紹介します。
① ギネス級の激辛唐辛子「ブート・ジョロキア」
かつて「世界一辛い唐辛子」としてギネス記録に認定され、日本でもデスソースなどで一躍有名になったブート・ジョロキア(ゴースト・ペッパー)。実はこの唐辛子、ナガランド州が一大原産地なのです。
一般的なインド料理(カレー)は、何十種類ものスパイスを複雑に組み合わせて油で炒めますが、ナガランド料理は違います。味付けは塩、ニンニク、生姜、そしてこのブート・ジョロキア。スパイスの香りではなく、「素材の旨味と、容赦ないストレートな激辛」で勝負するのがナガランド流です。
辛いもの好きにはたまりませんが、現地で「ちょっとだけ辛くして」と頼んでも、日本人にとっては爆弾級の辛さなので注意が必要です。
② 旨味の塊「燻製豚肉(スモークド・ポーク)」
ナガランドの人々は、インドでは珍しく豚肉が大好物です。 伝統的なナガ族の家には、キッチンに必ず暖炉(薪を燃やすスペース)があり、その上に豚肉を吊るして何週間もかけてじっくりと燻製にします。
この長期間スモークされた豚肉は、保存食であると同時に、薪の煙の香りが染み込んだ究極の旨味の塊。先ほど紹介した「発酵タケノコ」の酸味や「アクニ(納豆)」と一緒に煮込むことで、極上のスープが出来上がります。
③ 市場を彩る「昆虫食」やタニシ
ナガランドのローカル市場(コヒマなどのマーケット)に一歩足を踏み入れると、そこはまさに異世界です。 野菜や果物と並んで、カイコの蛹(さなぎ)や、木の中にいる巨大な芋虫、生きたタニシ、カエルなどが普通にバケツに入れて売られています。
これらは現地の人々にとって、古くから親しまれている貴重なタンパク源。スパイスや唐辛子と一緒にカリカリに炒めた昆虫料理は、お酒のおつまみとしても大人気なのだそうです。
なぜインドなのに「牛も豚もOK」なのか?(文化的背景)
ここまでナガランドのディープな食文化を紹介してきましたが、インドに少し詳しい方なら一つの疑問が浮かぶはずです。
「ヒンドゥー教のインドで、なんでそんなに自由に肉(しかも犬や豚まで)を食べているの?」
その理由は、ナガランド州の宗教的な背景にあります。 実はナガランド州は、人口の約9割をキリスト教徒(主にバプテスト派)が占めている、インド国内でも非常に珍しい地域なのです。
そのため、ヒンドゥー教の「牛食タブー」やイスラム教の「豚食タブー」といった宗教的な食事制限の縛りがほとんどありません。豊かな森と山に囲まれた自然環境の中で、あらゆる命をありがたく頂戴するという文化がそのまま現代に受け継がれています。
なぜグルガオンにナガランドの若者が多いのか?
地元に大きな産業が少ないナガランドの若者たちは、職を求めてデリー首都圏(グルガオンなど)へ出稼ぎにやってきます。
彼らは英語が堪能で、私たち東アジア人に近い親しみやすいルックスを持っています。さらに「宗教的なタブーがなく、どんな料理(牛肉や豚肉)でも扱える」という強みがあるため、グルガオンの日本食レストランやカラオケ、スパなどのホスピタリティ業界で非常に重宝されているのです。
【実食レポ】実際にカラオケ嬢の手作りナガランド料理を食べてみた!
「犬や納豆を食べる」という話だけでも驚きですが、実は後日、そのカラオケ嬢が「私の故郷の味、食べてみる?」と、なんと手作りのナガランド料理を振る舞ってくれました。
実際にいただいたのがこちらの3品です。
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タニシ料理 最初「え、タニシ!?」と一瞬ひるみましたが、食べてみると貝の旨味がギュッと詰まっていて絶品!スパイスの香りと相まって、お酒のつまみに最高でした。
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タケノコ料理 発酵させたタケノコ特有のツンとした酸味が効いており、日本のメンマや煮物とは全く違うベクトルのおいしさ。強烈な酸味がクセになります。
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鶏肉とキングチリ(ブート・ジョロキア)の料理 そして問題のこれ。世界一辛いと言われる「キングチリ」を使った鶏肉の煮込みです。恐る恐る一口食べてみると……痛い!とにかく辛い!! インドカレーのような複雑なスパイス感ではなく、鶏肉のストレートな旨味の直後に、暴力的な辛さが襲ってきます。汗が止まらなくなりましたが、なぜか箸が止まらない不思議な魔力がありました。(箸は使わず素手で食べました)
彼女たちが普段どんなものを食べて育ってきたのか、舌を通して少しだけ理解できたような気がします。
カラオケ嬢の一言が教えてくれたインドの奥深さ
「私の地元では、犬を食べるよ」
グルガオンの夜、カラオケ嬢の何気ないその一言から始まったナガランド食文化の探求。 調べて、そして実際に食べてみてわかったのは、インドが単なる「カレーとベジタリアンの国」ではないという事実でした。
そこには、独自の文化を大切に守り抜く先住民族の誇りと、発酵や燻製を駆使した豊かでディープな食の世界が広がっていました。
もしあなたがグルガオンで北東インド出身のスタッフと出会う機会があれば、ぜひ「キングチリとか、アクニ(納豆)好きなの?」と話しかけてみてください。きっと、故郷を遠く離れて頑張る彼らとの距離が、ぐっと縮まるはずですよ。
